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療育手帳の取得手続きをするまで。

皆さんこんにちは♪
ブログ更新が1カ月以上ぶりにならなくてホントによかった!と思いながら、綴っています。
早く、記録しないと、いろいろと忘れそうで。娘の発達の事です。
伝えたい事もたくさん。

今日は療育手帳についてです。

私の娘ははっきりとした障害がわからないいまま、成長してきました。
小さい時は、成長の途中なのか、それとも障害なのか判断が難しいからです。

しかも、今はっきりと私も理解したわけではありませんが、自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群、精神発達遅滞・・・。
いろいろありすぎて、どれにあてまはるのかなんて、乳幼児から小学校低学年ぐらいまで正確な判断はつきません。

そういう事も含めて「まだ成長の途中ですから・・・。」とどこの相談や病院に行っても言われていたのが今だからよく分かります。

そして、幼稚園卒業時、通っていた子ども発達相談センターで小学校入学の判断材料にと「広汎性発達障害の疑い」と心理士さんから言われ、「境界域の発達を示す」という医師の診断を受けました。
ちなみに「境界域の発達」とはいわゆるグレーゾーンと言われるものです。
障害に当てはまる症状と、当てはまらない症状があり、はっきりとしない状態、境界域にいる状態の事を表します。


その時は療育手帳の取得を進められませんでしたし、小学校も特別支援学校を進められることもありませんでした。
私たちも、特別支援学校ではなく地域の学校を望んでいました。
が、不安がなかったわけではありません。周囲にきちんと説明して学校側にサポートしてもらいながら、相談しながら6年間を過ごして行こうと思っていました。

しかし、幼稚園から小学校へ行くときには驚きがいっぱいありました。
小学校は文部省の管轄、子ども発達相談センターは厚生労働省の管轄。
なので、娘が小学校へ行くときは、親が学校へ申告しない限り、娘がグレーゾーンでサポートが必要だという事は伝わりません。

全て、親が発達センターに申告し、今までの発達記録等から学校への報告書類を作ってもらい、親が小学校へ説明に行くのです。
この時、「療育手帳」が必要なのかな?と本気で悩みました。
しかし、「手帳があってもなくても、娘自身はかわらない。」とアドバイスをくれたのは主人でした。
手帳があってもなくても、サポートする内容や私たちが接する態度、教育しなければいけない内容は変わらないのです。
手帳があるか、ないかで何かが変わる事なんて、ありません。

しかし、その一方で説明の大変さ、グレーゾーンである娘を理解してもらう事が本当に大変でした。
だって、常に説明し続けなければいけないのは母親ですから。
役員をやり先生たちと仲良くなり、毎年校長面談と担任面談を続け、懇談会では事あるごとに説明し続けてきました。

6年間、手帳なしで、サポートし続け、学校側に協力してもらい、娘の友達にたくさん助けられ、私もたくさんのママともに助けられ、感謝してもしきれないほどの周囲の愛に囲まれて過ごしてきました。

そして、中学校進学を見据えた6年生の春。
ここから進路問題、手帳問題がスタートしたのです。
地域の学校の特別支援学級に行くか?普通学級に行くか?
その時、すでに、全国統一で行われる6年生の国語と算数のテストはどちらも10点未満。
学校の勉強にはついていっていない状況でした。
皆と同じ空間にいて、皆の言葉を聞いて、できる事だけをこなす毎日。
その中で、勉強以外の色々な事を学んでいました。
支援学級か?普通学級か?迷う毎日。

その時に、もうひとつ頭を悩ませたのが「手帳」です。
療育手帳を取得するかどうか?

何のために取得するのか?取得しても本人は何も変わらない。そういった主人が「取得するべき」と言い出したんです。
私は、頭の中が真っ白で、前に進めず、放置してしまいました。

そこから、主人との意見の食い違いの始まりが・・・・。

主人:「中学進学のためにも病院に行ってはっきりとした診断をもらった方がいい。」

その言葉で、病院探しをしました。私もはっきりとした診断名が欲しかったので、病院探しをしました。
小学校での相談先は「教育支援センター」。
病院を紹介して欲しいという私の相談に「みなさん、個人で探していますよ。でもなかなか予約が取れないようです。」と。
それだけです。
友達からの情報により病院を決めましたが、月初めの決まった時間にしか予約の電話を受け付けてもらえず、1時間かけ続けてやっとつながったと思ったら、もう予約がいっぱいになったので来月の受付になりますと・・・・。

たまたま、親しくしている友達の紹介で電話予約ではなく、病院の先生を直接紹介してもらえることになり、受診。
学校を休んで娘と主人と三人で病院に行き、長々と待たされ、今までの発達の状況を長々と記録し、先生との診察は30分未満・・・・。帰りには学校の先生や私が記入する、小さい時からの発達記録の用紙を山のようにもらいました。

後半、一人廊下で待たされた娘は病院に対する不安を募らせ、「病院大嫌い!」と嫌悪感丸出し。
主人はその日のうちに診断がもらえると思っていたのに、もらえずに、待たされたことと、医学的根拠やアドバイスらしい言葉が先生からなかったことに不満をもらしていました。

主人:「次は診断をもらって手帳の手続きをした方がいい」

教育センターの相談にならない態度、何時間も電話の前で予約をとろうと格闘した時間、学校を休んでまで病院に来なくてはいけない事、娘を廊下で一人待たせ不安にさせてしまった事、なぜそこまでして診断と手帳が必要なのか理解できない気持ち。

私は泣きたい気持ちでいっぱいでした。

そして、そのまま心が暗闇に落ちたまま夏休みを迎え、娘の発達の遅れを目の当たりにする毎日。
こだわりの数々、できない事の多さ、一日中一緒にいる中で見えてきた現実。
周囲の子供たちは元気にプールに行ったり、部活に励む毎日。
それに比べて・・・・。と比べてはいけないと分かっていても、比べてしまう自分にも嫌悪感を感じ・・・・。

「療育手帳」の事はすっかり放置してしましました。
そして、迎えた夏休み後半の病院の受診日。
主人は「病院で受診して療育手帳を取得」と思って会社を休んで一緒に来てくれたようです。

が、しかし、私は放置していたのですから、病院の受診では診断もでなければ、手帳の事など何もありません。
しかも、病院と手帳は全くの無関係。
病院側は手帳があろうが、なかろうが関係ありません。手帳を取得した方がいい等というアドバイスも特にありません。
その時の娘は勉強ができない、という事ぐらいで、眠らない、うろうろする、癇癪を起すなどの問題行動はなかったので病院の先生かしてみると、なんとも対処しにくい患者だったといえるようです。

なので、育児相談のような受診となってしまいました。

そして、帰りの車の中は修羅場。

診断をとって手帳をもらえると思っていた主人。放置していた私。

主人「どこに行けば手帳が取れるんだ!」
私「友達が児童相談所って言ってたんだけど・・・(半泣き)」

その足で児童相談所へ。
「市役所で手続きをしてからですよ。」と言われ、その足で市役所へ。

申請資料を持ち帰り、翌日市役所へ手続きに。

その間、娘はどうしていたかというと・・・・。
ニュースで繰り返し出てくる「児童相談所」という言葉。
悪いニュースでしか聞かない言葉ですよね。
どうしてそんなところに行かなくてはいけないのか?わからない状態なんです。しかも親は喧嘩しているし。
やっと自分に障害があると理解しつつある中で、自分の事で喧嘩している両親、なんて厳しい環境なんでしょうか?
今でも反省しています。

改めて、数日たってから娘にはきちんと説明しました。
私たちの喧嘩を謝りました。
そして、主人ともきちんと話し合いました。
そして、話し合う事で見えてきたお互いの考えや気持ち。整理されていく感情。

障害の受容。

簡単な事ではありません。本人にとっても親にとっても。

でもこうやってひとつひとつ、勉強し、体験し、いろんな事を感じる中で受容していくような気がしています。
やっと、主人、私、そして娘と三人が同じ方向を向いて、どこに向かっていくのか、何をしなければいけないのか、理解し合いました。
話し合わなければ何も解決しないと改めて気づき、深く反省しました。
春から初秋にかけての出来事でした。(その間にも兄の壮絶な?!受験に向けての日常があったんですよ!うふふ・・・。)


では、あまりにもいろんな事がありすぎて長くなってしまったので、次は実際に手帳取得の手続きについて綴りたいと思います♪


ではでは、最後に恒例のオチです♪
私たち夫婦は隠したくても隠すことができないほど感情が高ぶりやすく、すぐに喧嘩してしまいます。
子供の前でもしちゃうんです。悪いと思っていてもついつい・・・。(いつも反省してますよ。)
なので、娘は私たちの喧嘩が大嫌い!!
日曜日、古くなっていたパソコンを解体していた主人。
私:「これなら、なんでも修理屋さんできるね。マンションだから需要があるかも!玄関に「修理やオープン」って看板だそうっかな。」
と冗談めいていう私。
娘:「今日は喧嘩の為、お休みします!ってなるよ。」と。一言。
あまりにもするどい一言に大笑い。

どうして、喧嘩ばかりで、悩んでばかりの母なのに、こんなに明るく育ったのかと!周囲の人々に感謝する毎日です。

では、続きもお楽しみに♪

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プロフィール

nori

Author:nori
B型。1976年生まれ。
日常をぼちぼち綴っていましたが
最近は支援学級に通う娘の記録。
時々、高専に通う息子のおもしろネタ。

インテリア、ハンドメイドな日常は
ブログ「105号の部屋」へどうぞ!

Family
 きまぐれな航空エンジニアのパパ
 高専男子、青春真っ只中の息子。
 知的発達の遅れのある中学1年の娘。
 ちなみに全員B型…。
 

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